妊娠・出産の基礎知識
2023/05/11
出産には、下から産む経腟分娩のほかに帝王切開という方法があります。帝王切開とは、何らかの理由で経腟分娩が難しいと判断された場合に、ママのおなかを切って赤ちゃんを取り出す方法です。ママと赤ちゃんの安全を守るために行われる手術ですが、帝王切開の経験がないと「なんとなく怖そう」「手術は痛いのでは?」など、不安を感じる方もいるかもしれません。帝王切開について正しい知識を持っていれば、いざというときにも役立つはずです。
ここでは、帝王切開になるケースや帝王切開の流れをはじめ、手術後の痛みや注意点、帝王切開に関するよくある疑問について解説していきます。
目次
帝王切開とは、外科的な手術で赤ちゃんを出産する方法のことです。何らかの理由によって、経腟分娩ではママや赤ちゃんの安全にリスクがあると医師が判断したときに、おなかと子宮を切開して赤ちゃんを取り出します。帝王切開には、「予定帝王切開」と「緊急帝王切開」があります。
予定帝王切開は、妊娠経過で(または妊娠前から)経腟分娩が難しいと判断された場合に、あらかじめ手術日を決めて行う帝王切開です。予定帝王切開が行われるのは、主に次のようなケースです。
・逆子の場合
逆子とは、おなかの中で赤ちゃんの頭が上になっている状態を指します。妊娠中、おなかの中で赤ちゃんはぐるぐると体勢を変えますが、出産が近づくにつれて頭が下になります。
ただ、中には出産が近づいても赤ちゃんの頭が下に来ないケースも。逆子での経腟分娩は赤ちゃんにさまざまなリスクが想定されるため、帝王切開となることがほとんどです。
■胎児の姿勢が逆子の場合(左)と正常な場合(右)
・前回が帝王切開だった場合
一度帝王切開で子宮を切開すると、次の出産のときに子宮破裂の危険性が生じます。このようなリスクを避けるため、前回が帝王切開だった場合は、次の出産でも帝王切開が行われることが一般的です。
・前置胎盤の場合
前置胎盤とは、赤ちゃんが生まれるときの出口(子宮口)を胎盤が覆っている状態のことです。出口がふさがっていて赤ちゃんが出られないので、帝王切開での出産となります。
・児頭骨盤不均衡の場合(赤ちゃんの頭が大きすぎる場合)
児頭骨盤不均衡(じとうこつばんふきんこう)といって、赤ちゃんの頭が大きすぎてスムーズに骨盤内に下りてくることができないと判断された場合は、経腟分娩が難しいため帝王切開になります。
・多胎妊娠の場合
双子や三つ子などの多胎(たたい)妊娠では、赤ちゃんたちの体勢や妊娠経過次第で、帝王切開による出産となることが多いです。
なお、出産する施設や状況によっては、必ずしも予定帝王切開とならないこともあります。
元々、経腟分娩を予定していても、出産中に起こった突発的なトラブルによって、医師の判断で急遽、帝王切開での出産に切り替えることがあります。これを緊急帝王切開といいます。緊急帝王切開になる理由には、主に次のようなものが挙げられます。
・常位胎盤早期剥離の場合
常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり)とは、分娩前に胎盤が子宮からはがれてしまうことをいいます。赤ちゃんが出てくる前に胎盤がはがれてしまうと、赤ちゃんに酸素が届かなくなったり、子宮内で大量の出血が起こったりします。ママと赤ちゃんの命にも関わるため、一刻も早い処置が必要となり、緊急帝王切開となるのです。
・臍帯脱出の場合
臍帯脱出(さいたいだっしゅつ)は、赤ちゃんより先に臍帯(へその緒)が出てきてしまうケースです。臍帯が強く圧迫されると赤ちゃんが危険な状態になるため、緊急を要する事態。この場合も緊急帝王切開が選択されます。
・赤ちゃんの具合が悪い(胎児機能不全)場合
出産中は随時赤ちゃんの心拍数をモニタリングして、赤ちゃんの状態を確認しています。その中で、何らかの原因で赤ちゃんの具合が悪くなり、すぐにお産にしないと危険と判断された場合は緊急帝王切開になります。
・回旋異常の場合
分娩のとき、赤ちゃんは少しずつ頭や体の向きを変え、回転しながら骨盤や産道を通っていきます。しかし、何らかの理由で赤ちゃんがうまく回れないことも。これを回旋異常といいます。回旋異常の場合、赤ちゃんが降りてこられないことがあります。経腟分娩が難しいと判断されれば、緊急帝王切開に切り替わります。
・分娩停止の場合
何らかの理由で分娩の進行が止まってしまい、経腟分娩が困難と判断された場合は、緊急帝王切開が行われます。
続いては、帝王切開の一般的な流れについて解説していきます。順に確認しておきましょう。
検査超音波検査のほか、赤ちゃんの心拍やおなかの張りを確認するノンストレステストなどが妊婦健診で行われますが、帝王切開を行う場合は、心電図検査、胸部レントゲン検査、血液検査なども行います。
手術前処置は、病院ごとに多少の違いがあります。多くの場合は手術前に点滴や浣腸などが行われるほか、手術当日は飲食禁止です。 なお、緊急帝王切開の場合は、手術前の検査や処置をする時間的余裕がないため行われません。
帝王切開での麻酔は、下半身だけの麻酔(脊椎麻酔または硬膜外麻酔)になることがほとんどです。下半身だけの局所麻酔なので、痛みは感じないものの意識はあり、赤ちゃんの産声なども聞くことができます。
なお、緊急帝王切開の場合は、全身麻酔で手術を行うこともあります。
帝王切開の手術時間はおよそ30~60分です。執刀開始から5~10分前後で赤ちゃんが誕生します。
おなかの切開は、横に切開するのが一般的です。下着やビキニで隠れるくらいの高さのことが多いです。ただし、緊急時には、赤ちゃんを一刻も早く取り出すため、縦に切開することも。
赤ちゃんが誕生してママが産声を聞いた後は、赤ちゃんには計測などが控えています。一方、ママは胎盤やへその緒を取り除くなどの処置をしてから縫合になります。なお、縫合には時間が経つと溶けてなくなる糸(吸収糸)が使われることが多く、術後の抜糸は必要ないケースがほとんどです。
手術後、当日のママはベッドで安静にして過ごします。歩くことはできず、トイレにも行けないので、尿管カテーテル(排尿するための管)が入っています。また、飲食もできないため点滴を行います。ただし、病院によっても対応は異なり、手術当日から授乳が可能なケースもあります。
なお、麻酔効果の持続時間が過ぎた後は、点滴などの痛み止めが使用できます。
手術の翌日から、ママは歩いたり食事をとったりできるようになります。ただし、術後の経過によるため個人差があります。歩けるようになったら尿管カテーテルは外します。
病院によっても異なりますが、一般的には手術から1週間前後で退院となります。
帝王切開の麻酔は、一般的には局所麻酔で、脊椎麻酔と硬膜外麻酔という2つの方法があります。どちらも局所麻酔で、手術中に意識はあっても痛みを感じることはありません。
<帝王切開の主な麻酔の種類>
・脊椎麻酔…帝王切開で最も多く用いられる局所麻酔の方法。背中の腰のあたりから麻酔薬を投与します。
・硬膜外麻酔…背中から細いチューブを入れ、手術後も継続して痛み止めを注入することが可能。
硬膜外麻酔は状況により行われないこともあります。
なお、緊急帝王切開で局所麻酔を行う時間がない場合などは、全身麻酔が用いられることもあります。全身麻酔では眠った状態になり、手術中の意識はありません。
帝王切開の後、痛みはどの程度残るのでしょうか。また、手術後に気をつけたほうがいいことはあるのでしょうか。気になる術後の痛みや注意点について見ていきましょう。
「帝王切開は痛みが続いてつらいのでは?」と不安を感じる方もいるかもしれませんが、手術後は鎮痛剤が使えるので安心してください。切開部分の痛みや後陣痛がつらい場合も、鎮痛剤が使用できるため我慢する必要はありません。
また、痛みは徐々に引いていき、多くの場合、退院する頃には鎮痛剤が必要かどうか、というくらいにまでは緩和されます。ただし、痛みの感じ方には個人差があります。
帝王切開になったママは、一般的には手術の翌日から歩行を開始します。手術後、なるべく早い段階から体を動かすことで、産後に起こりやすいといわれる血栓症(エコノミークラス症候群)の予防効果も期待できます。
産後早い段階で体を動かすのは大変かもしれませんが、医師の許可が出ているなら、可能な範囲でできるだけ歩くようにするといいでしょう。
ここからは、帝王切開に関するよくある疑問について解説していきます。帝王切開について不安がある場合は参考にしてみてください。
厚生労働省の統計によると、分娩における帝王切開の割合は増加傾向です。全体で見ると、約4.6人に1人が帝王切開で出産していることになります。
帝王切開で出産すると子宮を一度切開したことになるので、次の出産で経腟分娩をしようとすると子宮破裂の危険性が高まります。子宮破裂を起こすと、母子共に極めて危険な状態に。このようなリスクを考えて、一度帝王切開をした方は、次の出産でも帝王切開になることが一般的です。
帝王切開と母性は関連がなく、帝王切開でも経腟分娩でも、出産方法の違いが母性に影響することは一切ありません。ですから、そうした心配はしなくて大丈夫です。
傷跡がどの程度目立たなくなるかは、体質にもよるため一概にはいえません。ただ、最近では、帝王切開の傷跡を目立たなくするための、傷跡ケア専用のテープが多数登場しています。傷跡をできるだけ目立たせたくない場合は、そのようなテープを使用するのもおすすめです。ケア方法がわからないときなどは、かかりつけの産婦人科で相談してみてください。
また、傷跡に下着があたると、摩擦によって傷跡が目立ってしまうことがあります。下着やボトムスは、できるだけ傷跡の位置にゴムがあたらないものを選ぶようにしましょう。
帝王切開は経腟分娩に比べて費用がかかることが多いですが、手術費用には健康保険が適用されるため、自己負担分はかかった金額の3割が基本です。ただし、差額ベッド代など保険適用外の費用は全額自己負担となります。これは、帝王切開以外の手術や入院と同様です。
また、出産費用については、出産育児一時金(2022年12月現在で基本的には42万円※2023年4月から出産育児一時金は50万円に増額される予定)が支給されるほか、自治体や加入している保険組合によっては追加で給付が受けられる場合もあります。どのような制度を利用できるか、あらかじめ確認しておきましょう。
経腟分娩は産後の経過に個人差が大きいので、回復度合いを比較するのは難しいかもしれません。また、帝王切開でも、経腟分娩と同様に、産後のママの体は非常に疲れています。産後は家族にサポートしてもらうなどして、無理をしないようにすることが大切です。
なお、「帝王切開で出産したら骨盤は開かない」と考えている方もいるかもしれませんが、産後の骨盤が開いているのは経腟分娩も帝王切開も同じです。もし、産後に骨盤に違和感を覚えた場合は、骨盤ケアなどを受けることをおすすめします。
入院中に必要なものは、病院から指示があります。それ以外にあると便利なものは、横になった状態でも水分補給ができるストロー付きペットボトル(またはペットボトル用ストローキャップなど)や、入院中の授乳に使える授乳クッション(病院にあることも多いので、確認しておくのがおすすめ)です。また、手術前後は身動きがとりづらいので、必要なものをまとめてベッド脇に引っかけておけるようなカゴやポーチなどがあると便利です。
傷跡ケア専用テープは入院中には基本的に使用しないので、必要であれば退院時などに病院で相談して、購入しましょう。
なお、持っていくものではありませんが、マニキュアは入院前に必ず落としておいてください。また、結婚指輪などの指輪はお産中に外れることもあるため、外しておくことをおすすめします。
入院に持っていきたい荷物について詳しくは以下のページもご覧ください。
出産に向けての入院準備を詳しく解説!必要なものや準備する時期は?
帝王切開は、何らかの理由で経腟分娩が難しいと判断された場合に、ママと赤ちゃんの安全を守るために行われる手術です。経験がないと、「痛みがあるの?」「傷跡は目立つの?」などと不安に感じることがあるかもしれませんが、痛みは麻酔や鎮痛剤がありますし、傷跡もケア用の専用テープなどがあります。
「自分は経腟分娩で出産する」と思っていても、妊娠や分娩の経過によっては、誰もが帝王切開になる可能性があります。いざというときに余裕を持って出産に臨めるように、帝王切開について正しく理解しておきましょう。
監修
稲葉 可奈子 先生
産婦人科専門医・医学博士
京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得。双子を含む4児の母。産婦人科での診療のかたわら、病気の予防や性教育、女性のヘルスケアなど、生きていく上で必要な知識や正確な医療情報とリテラシー、育児情報などを、SNS・メディア・企業研修などを通して効果的に発信することに努めている。
産婦人科専門医・医学博士
京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得。双子を含む4児の母。産婦人科での診療のかたわら、病気の予防や性教育、女性のヘルスケアなど、生きていく上で必要な知識や正確な医療情報とリテラシー、育児情報などを、SNS・メディア・企業研修などを通して効果的に発信することに努めている。